2024年、年々心がひねくれてきている自分に対して少しの危機感を覚え始めているので、
むしろこれ以上人として可愛く無くなっていくならせめてコンテンツとして変遷を残そうと思い、
ここに雑記を残そうと思い立っての(今年)初カキコ…
ども…
過去の自分のインスタストーリーや小学生の頃の脳みそ空っぽでおめでとうと捲し立てていた自分の年賀状を見て、
ふと「誰に向けた何に対してのおめでとうなんだろう…」
と思い始めてしまっている自分に気づき、
涙がチョチョしてしまっている。
だけど
「去年の自分がいたからこの新年が迎えられる」
という深い感謝と心の余裕があるからこそ、
心の底から「祝い」ができるのかなとも思っているので、
気が早いけど来年の新年に「あけましておめでとう」と、
純度100%の寿ぎができるための年にしてみようかなとも意気込んでいる。
意気込みができるくらいの元気を取り戻してきたのでこうして日記も書くことができてきている。
今までなんかインタビューとかお知らせのメディアとしてのコンテンツはここで更新して、
個人的な日記やメモはnoteにして、
それを元にここに清書しようかなと思っていたけど、
やはり一度メモの形でも吐き出してしまうと満足してしまって清書なんかできないなと思ったので、
吹っ切れてここを日記メモ帳代わりにしようかなと吹っ切れた次第である。
新年だし。
新年らしいことしたいし。
何かを新しく始めるってなんか新年っぽいし。
実を言うと、
コンテンツの棲み分けについてはnoteで日記を書き始めた頃(2018年頃とか)からずっと悩んでいて、
ずっと踏ん切りがつかなかったので約6年越しの決断となった。
なんだか年々、
「作った自分(外向きのための自分?)」と
「本来の自分」
との乖離がなくなってきている感覚で、
これは自分自身が段々自分の人生をうまく操作でき始めてる証拠かなとも思っていて、
こればかりは自分の年の功に感謝している。
と言うか、年の功と言いつつ本当に20代も完全に後半になってくると、
「身体」に嘘をつけなくなってきてしまっていて、
自己開示をちゃんとして周囲の人間に理解を求めないと自分自身の人生が詰んでしまうということを実感し始めているからだ。
特にこの2年はほぼほぼ自分の脳みそやら身体にぶん回されて生き地獄のような状態だったので、
「自己開示」こそ20代最大のテーマとなりつつある。
去年が特にその一歩が大きく踏めたのかなと思いつつ、
自分の日記本も完成させていくつかのイベントに出せたし、
自分の日記の本を沢山の人に見せる形にするということ自体ずっと葛藤あったので、
だいぶ成長というか大きな踏ん切りだった気がする。
それを皮切りに自分自身HAKUCHIと言うイベントの開催もできたし、
自分がこれまで持っていたもやもやとした生きづらさや文句や、
生きること自体の輝きの部分などを自分の中だけに留めず、
何かのアウトプットとして人に共有する動きにまで持ってこれたなぁと言う感覚で、
漠然と自分が「今」心地よいと思えることに素直に向き合うことだけが最大の幸せだし、
最上の生き方だよなと思えるようになってきた。
とにかく、
よく生き延びたし、
可愛くなくても善い人間になってこれているなと自分で認め始められているので、
それだけでも全てが救いだ。
そんな私は今何しているのかというと、
5年住んだ東京を離れて因縁の秋田の実家に戻ってメルカリで過去の遺物を売りつつ、
絵やら漫画を描いている日々だ。
親や誰かの手を借りずに自立して、
デザイナーやら広告代理店プランナーやら世間から認められそうな職業でなければお金なんかもらえないし、
人として社会人としてダメだと勝手に思っていた邪な部分を取っ払って、
結局幼い頃からやっていた心地の良いことに戻っているなと思いつつ、
親の脛を齧ることに全力を出している。
多分5年前の自分に今の自分を見せたら声を失っていると思う。
ただ、これが自分の最大の自己開示であるなと言う結論にもなりつつある。
絵では食べていけないと思っていたし、
絵で食べていきたいなんて言うこと自体、
なんとなく恥ずかしいことだと思っていたし、
絵はずっと描き続けられたらとは思ってたけども、
別に漫画家やイラストレーターになりたかったわけでもないし、夢でもなかった。
ただ夢ではなかったからこそ、
自分の中で絵が目的から手段になったのが大きいのだと思う。
遠回りをしたからこそ別に絵で食べれなければ別の手段でも生きていけるなと思えているし、
いざ社会に出てみると自分が思っている以上に絵を描くことができる(この場合は上手い下手というよりは多数のニーズに応えられる素材を低コスト・工数で作れるかどうか)ことが価値のあることだと気づけたから、
それだけでも自分自身の過去に後悔なく生きられてるなと思えている。
こうして文章を書くことも絵しかなかった頃と比べると想像してなかったことだし、
人生はたいそれた価値観に自分を合わせるよりも自分の心地よさをなんとなく探っていくぐらいがちょうどいいぐらいだなと思えている。
我慢は美徳ではないし、
頑張ったことや苦しんだことをイコールで心地よさの結果につなげることも正解ではないのだなと思えるようになった。
そんなこんなで取り止めもないけど、
こうやって文章や日記を書くことをまた今年は再開していこうかなと思っている。
お金を稼ぐことや誰の手も借りずに1人で生きることなんかにこだわらず、
自分がほんとにやりたいことって絵と日記を毎日かいて推しのこと考える時間が沢山あって、
適度に運動やらができる環境が揃ってればそれなりにいいし、
他人と比べず自分が持ってるものは遠慮なく享受しようかなと、
肩の力を抜くこともできるとこまできてる。
とりあえずできる間はできる好きなことだけをやっていこうと思う。
2024年はそんな感じで。